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青森 聖寿寺館跡から出土の皿にアイヌの人たちの刻印が・・・本土初発見! [国内ニュース]

こんな速報ニュースが入ってきた。

戦国時代の城跡から出土の皿にアイヌの人たちの刻印 青森

このニュースを見た時の第一印象だが、
戦国時代に、すでに青森と北海道のアイヌ民族が交流をしていたんだ!


聖寿寺館跡とは?

聖寿寺館は、「しょうじゅじだて」と読む。
青森県三戸郡南部町小向字聖寿寺に所在した日本の城。
別称、本三戸城(ほんさんのへじょう)。


聖寿寺館はもとは三戸城と呼ばれていたが、南部家の菩提寺である聖寿寺がそばにあり、聖寿寺館と呼ばれるようになった。


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地図を見ていただくと、青森でも南部にいしている城だ。

アイヌの民族が、わざわざ内陸まできて交易をやっていたのだろうか?


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幅9センチ余りの小皿の一部で、皿の底にあたる部分に大きな「×印」が刻まれています。アイヌの人たちが自分の持ち物であることの証しなどとして刻んだものと見られ、町の教育委員会によりますと、同じような印の入った器は北海道で数多く出土していますが、本州で見つかるのは初めてだということです。

アイヌ文化に詳しい弘前大学の関根達人教授は「アイヌの人たちが城に出入りしていたことを示す貴重な発見だ。本州と北海道のアイヌの人たちは言葉が共通しているので、三戸南部氏が北海道と交易する際に活躍したのではないか」と話しています。見つかった皿の破片は、聖寿寺館跡の案内所で今月28日から一般に公開されます。

(出典:http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170725/k10011074231000.html
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史跡聖寿寺館跡案内所(平成29年4月1日にオープン)

20170331-171227.JPG

青い森鉄道線「三戸駅」から約3km、車で7分
史跡聖寿寺館跡や霊屋の見学者は無料でご利用いただけます。



ところで、最近の若者たちは、アイヌ民族という民族をどれだけ知っているのだろう。

とは言え、私も詳しいわけではない。


ainu1.JPG

北海道・樺太・千島列島およびロシア・カムチャツカ半島南部にまたがる地域に居住していた。

元来は物々交換による交易を行う狩猟採集民族である。

文字を持たない民族であった

・・・ここで出土した皿に「×」印があったこともうなずける・・・。




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